ナーシングドゥーラ誕生秘話

産後や育児中のお母さんの暮らしをご家族と協力しながらお手伝いする看護職「ナーシングドゥーラ」。
その養成は2015年8月設立した「一般社団法人国際ナーシングドゥーラ協会」で養成が開始しました。
その誕生は代表理事である私の個人的な経験からスタートしています。その経緯をお伝えすると共に、多くの人に「ナーシングドゥーラ」というナースも産後退院後のお母さんも家族も笑顔になれる働き方を知っていただきたいと思います。

共働き家庭に育つ

 こんにちは。一般社団法人国際ナーシングドゥーラ協会代表理事の渡邉玲子です。
 本日はナーシングドゥーラ誕生の秘話をご紹介しましょう。
私は昭和36年生まれ。小さい頃はたくさんの親戚と家族と愛犬との賑やかな日々でした。しかし、男女平等という時代の流れの先端を行っていた母親は再就職で早朝から夜まで働くようになりました。さらに、父親は単身赴任。それがきっかけで「家族」について関心を持つようになりました。また、友人が父親の在宅療養を手伝っているため大学進学を諦めたという話しを聞き、訪問看護という仕事に興味を持ちました。


全人的なケアを学びたい。看護大へ入学。

  周囲が有名大学に進学する中、どうしても訪問看護がしたいと思いました。看護師は手本となる「師」なのだから、人間として「全人的に成長する」ことが大切という日野原先生の教育に惹かれ聖路加国際看護大学に入りました。


ドゥーラとの出会い

 終末期や高齢者ばかりだと思っていた訪問看護でしたが、小林登先生の「ドゥーラ」に関する論文(1984 周産期医学)に出会いました。


医療スタッフとしての経験

 そこで訪問看護を行っていた聖路加国際病院の公衆衛生看護部に入職しました。そこでは、医師とカルテを共有した看護が行われていて、もともと理系だった私にとってはとても学びが多い日々でした。また新生児訪問や乳児健診、予防接種、産婦人科外来や女性ドック等を担当し理論に基づいた保健指導を学びました。その際、先輩の保健指導が素晴らしく、私はどうなんだろうという素朴な疑問から面接や指導をテープに録音させていだたき相手がどういう風に感じるのかを勉強しては、自らの保健指導に生かしました。これは受けて目線の看護を提供することせを大事にしている自分の看護にとても役に立ちました。さらに院内研究でお行った「外来の待ち時間を短縮するための実証実験」を通してシステムを作ることの楽しさを知りました。


スウェーデンでの子育て

 その頃、夫がスウェーデンに留学することになりました。

 友人や先輩、親戚からは「(夫が)単身で生かせればいいじゃないか。」と言われましたが、自らの生い立ちの寂しさと子育て支援が充実していると言われていた北欧暮らしを体験したくて生後3ヶ月だった第3子含めて家族五人で渡欧しました。
 スウェーデンでは
当時産後女性はすぐに退院し地域の看護師が通い母子の心身の健康を産後休暇中のパートナーと共に守る仕組み「コミュニティナース」がありました。また男性の育児休暇が当たり前。働く優秀な女性には住み込みでなんでも手伝ってくれるスーパードゥーラ的な女性の仕事があることも知りました。子育てのスタート期にはパートナーやいろんな人の手を巻き込める仕組みがあるといいなと思いました。


産後の援助者選定要因研究

 帰国後、日本はどうなんだろうという疑問から大学院に進学。「産後退院後の支援者選択要因」ついて研究しました。産科病棟入院中の約100人の褥婦さんへの聞き取りとアンケート調査結果から「産後の支援者として不適切と判断」、つまり「家事や育児ができない人的資源」と知りつつ、夫や実母を産後支援者として「仕方なく」「他にいないから」と選択している事が予測されました。日本の女性が置かれている厳しい状況を知り、産後に適した支援者を選べるよう、夫や祖父母への教育含めて、そんな支援者育成をしたいと考えはじめました。


ドゥーラデビュー

 病院や新生児訪問などで産後支援者としてどういう人が必要なのだろうかと模索している頃に東京都助産師会主催で産後ドゥーラを育成するという話を江東区助産師会から聞き一期生として学びはじめました。しかし、看護職でない同期や講師から上から目線と批判され、大変辛い受講期間でした。

 ところが、認定後すぐにうつ病の方からサポート依頼があり看護師資格をもつ産後ドゥーラ、としての仕事が始まりました。その後も細々とではありますが、口コミで広がり、新生児訪問で保健師さんにフォロー連絡しても、他の虐待等より優先順位が下がりがちな方、例えば、所得も学歴も高い方、子育てを情報通りにしようと頑張っている方、仕事生活とのギャップに心身をすり減らしている方、夫婦間での意思決定が多くなり喧嘩ばかりするようになってしまい悲しい日々を過ごしているご家族へのサービスとして家事育児のお手伝いを通したカウンセリングは重要だと感じました。

 ただ、ひとつの家族を支えるのはひとりでは難しいと、チームサポートをしようといましたが個人事業主同士の情報共有は協会から禁止されていたのでカンファレンスする事が出来ません。

 また、健康に関する価値観のズレ(予防接種反対・医師や看護職への批判・民間療法推進等)があり共に働く事に抵抗がありました。

 さらに、メンタルケースを一人で抱えて鬱になっている日看護職の仲間たちの様子を見て看護職ドゥーラの必要性を感じました。
   看護的な視点で責任ある支援を提供するために、病院と地域との間で支えを失い孤立するお母さんを減らすために、医療機関と連携した産後支援を行うために、看護職ドゥーラの必要性を感じたのです。


ナーシングドゥーラ協会設立

 そんな産後支援者とどのようにしたら出会えるか、育成しようかと悩んでいた時に、たまたま以前職場で一緒に働いていた聖路加国際病院の草川医師と再会しました。NICUのセンター長である草川医師としても、昨今のNICU卒児の増加や異常出産の増加を鑑み、医療情報を共有できるナースが産後支援してくれると、医師も安心して患者さんをお願いできるという話を伺い草川医師の協力を得て「ナーシングドゥーラ®」と命名し協会を立ち上げ育成をしはじめました。
 医療保険や介護保険等の訪問看護ではできない育児・家事・他の家族の看病・シッティングはもちろん、Wケアをされているお母さんのお手伝いができる看護師「ナーシングドゥーラ®」は、まさに私がスウェーデンで出会ったスーパー地域ナースです。
 子育て中の家族の生活に寄り添い生活の中で出てくる悩みに寄り添いつつOJTで保健指導ができる。

 そして、お母さんとともに地域に出かけて、周囲の人を巻き込んでるネットワークを作ってフェードアウトする。こんな楽しい看護職はありません。
 全て未熟なこどもとご両親と一緒に、試行錯誤しながらも、そのこどもがスクスクと育つ過程を支えられるのは私がめざした「寄り添い人」だと思います。

 こんな楽しい看護を多くの方に経験していただけたらと思います。


潜在看護師とママを笑顔に。

  平成26年の厚労省の調査によれば、育児や介護や結婚等で現在就業していない看護師は71万人。

 その80%が自分の育児家事と看護との両立が勤務時間が合わないという理由で復職を断念しています。また、日本看護協会無料職業案内「ナースバンク」では、長時間勤務しなくて済む個人宅で働きたいと登録しているナースに対し求人はたった1.7%。

 「組織」ゆえのストレイスから離れて、お客様と自分の事だけ考えて個人宅で短時間で働く事ができる「ナーシングドゥーラ」という働き方は、自分の健康と暮らしと看護を両立するひとつの働き方であると同時に、今まで寄り添いたくても寄り添えなかった方たちほ支えられる、まさに地域子育て支援の救世主です。

 

 ぜひ、あなたも、ナーシングドゥーラ®として、地域の子育て支援に貢献してください。